竹口 雅之(たけぐち まさゆき)
株式会社S・S・I 代表取締役
アガリクス・ブラゼイ協議会理事長、日本サプリメント協会サプ
リメント指導士、日本成人病予防協会健康管理士一般指導員、予
防医療・栄養医学研究会健康・栄養指導士


竹口はオフィスにほとんどいない。
年間100日を超える出張で出向く先は薬局、健康講座など、お客様の集まる場所。
竹口はそこで、お客様に健康情報をお伝えする講演会やミニ講座を開く。

竹口:店舗などで行う健康講座では、
仙生露の宣伝は基本的には行いません。
何かを買っていただくということもありません。
来てくださった方に健康になるための知識を深めていただいたり、何らかの気付きを得てもらえればいいと思っています。

 

売れればいい、儲かればいいという会社にはしたくない。竹口にはそんな想いがある。
一見どうやって利益を出すのだろうかと思える活動だが、商品に対する絶対的な自信があるので無理に「売りつけ」なくても、こういう商品があるということをなんとなく知ってもらえればそれでいい。そんなスタンスなのだ。
それでもこのアガリクス茸仙生露という商品が、25年もの間売れ続けてきたのはいったいなぜだろう?
あまり知られていない、でも知ってほしい仙生露の魅力と真実を、日頃「宣伝をしない」竹口が自ら打ち明ける。


 

竹口が仙生露の販売会社(当時)に入社したのは1988年。と言っても、入社当初は仙生露の扱
いはまだなく輸入品の商社だった。
「物があれば何でも売れる時代。バブル期でしたから。」と当時を振り返る。
会社では毎月、様々な新商品の販売会議が行われ、取り扱いの可否を議論した。そんな会議の机上
に仙生露があがってきたのは、バブルも末期の頃。


竹口:最初は私自身、
いや会社全体が
『アガリクス?なんだそれは?』
という感じでした。

竹口はこう振り返る。
情報網の発達などにより今でこそ身近に感じられるが、当時はとても遠くなじみのない国ブラジル
原産のキノコ「アガリクス茸」の商品化提案。誰もピンとこない上、当時の社長は「健康食品なん
てまがいものが多いだろう。うちはホンモノ、いいものしか扱わない?」という方針だったので、
誰もが会議であっさり否決されると思っていた。

若手時代の竹口


しかし、大方の予想に反して「とりあえず、自分たちで実際に飲んでみてから考えよう。」ということになったのだ。製造元が医薬品会社である協和発酵のグループ会社であったことが、否決に至らない要因となった。
みな、半信半疑で試した。社員だけではなく、社員の家族や取引先にも協力を仰いでお願いし、試してもらった。
しばらくすると、「体調が良くなった」「健康診断の数値がよくなった」など、予想を越える良い感想が続々と寄せられてきた。なんと
言っても、最も疑っていた社長自身がアガリクス茸の良さを実感し、取り扱い開始が決定した。
こうして、竹口の勤務する輸入商社は、仙生露の販売会社となった。
そして竹口は、商品資料の作成や説明会担当として、仙生露とともに歩む人生をスタートさせた。
時は1994年、今から四半世紀前のことになる。

 

竹口:仙生露は、協和発酵グループの基礎研究の粋がつまった『作品』と言っても過言ではないと思います。
アガリクス茸は、土の栄養をすべて吸い上げるので、土作りからこだわっています。
穀物等を発酵させた栄養価の高い培養土で栽培するので、各種ビタミン、ミネラル、アミノ酸も豊富です。また、原料から製品化まで、すべての工程を国内で行っています。
品質の安定性をしっかりと確保することが、まず重要だと考えます。
多くの方から指名買いや、長年継続して購入していただけるのは、この安定品質によるところが大きいと思っています。

 


仙生露の販売開始当初は、タレントやスポーツ選手を使って宣伝をしたりテレビCMを打ったりし
たわけではない。仙生露この商品が知られるようになったのは、お客様の口コミからだった。

竹口:実は、販売開始当初は全く売れませんでした。
薬局を中心に販売していたのですが、事務所は返品の山積みで大変でした。

?小さな事務所、少ない人数のスタッフで切り盛りしていた。
販路を求めて営業をするかたわら、アガリクス茸に関するデータや出版物などを探した。今のように、インターネットで自由に世界中の情報を集めることがまだまだ難しい時代。こつこつと国内外の文献などにをあたるしかなかった。仙生露のこの良さを一人でも多くの人にわかってもらいたい。そんな想いだった。

売り上げは、徐々に伸びていった。特に、病棟での口コミが大きかった。大部屋の入院だと6人部屋で今ほど仕切られていない時代。「アガリクス茸仙生露を飲んでいると調子が良い」という話は、人から人へどんどん伝わって行った。
また、有名百貨店でも取り扱いが始まった。デパートなどの試飲会場では試飲会を開くと「さっき試飲した者だけど、身体がなんかぽかぽかして元気になってきた。」と言って、わざわざ戻って来て購入してくれる人もいた。
その後、一大決意で大きく広告展開をした時期もあった。しかし、息の長い商品としてお客様に愛され今に至っているのは、やはりこの利用者の実感から来る口コミと、継続利用者の多さが大要因となっている。

竹口:薬局の店主さんなどによく言われます。
『仙生露は値段が高いので売るのは難しいけれど、購入されたお客様が本当に喜んでくれる商品だから販売のしがいがある。やめられませんよ。』と。
高い品質を保つためにはオリジナルの国内産アガリクス茸を使用する必要があるため、相応の価格設定になってしまいます。
それでもお客様が喜んでくださる、笑顔になってくださる、買って良かったと言ってくださいます。メーカーとしてはこの上ありません。
こんなに喜ばれる商品を取り扱うのですから、私どもも責任を持って高品質の確保に努めています。そうすることで、仙生露を飲まれたお客様が口コミで良さを広げてくださることを知っています。
私自身が、そんな仙生露という商品に惚れ込んでいます。

 

仙生露の販売が始まって4年目の1998年。
医学系の学会に展示ブースを出していたところ、一人の外国人が立ち寄った。彼は、アガリクス茸の可能性やポテンシャルに非常に関心を寄せた。この人こそがアメリカ国立研究所から、韓国のKFDA( 食品医薬品局) に派遣されていたI.P.Lee博士( 以下、リー博士) だった。
日本ではまだ珍しかった補完代替医療にも造詣の深い医学博士で、その後仙生露に大きく関わり、さまざまなアドバイスをくれた。

その一つが、安全性試験の提案だった。アガリクス茸の商品は医薬品ではなく健康食品として扱われる。当時、健康食品は言わば“野放し状態”。消費者を守るための法律もガイドラインも整備されていなかった。リー博士が提案したのは、医薬品の安全性などを確かめるために行う、長期2 年間に及ぶ慢性毒性試験というもの。アガリクス茸摂取群と非摂取群それぞれ400匹ずつのネズミを用い、GLP認定施設で2年間に及ぶそのネズミの一生を観察し、安全性に問題が無いかを調べる、というものだった。
これを実施するには莫大な予算と手間が必要となり、健康食品でこのような大がかりな試験を実施された事例はなどない。前代未聞の試験提案に「そこまでやる必要があるのか」という社内の意見も強かった。しかし、これを押し切って試験に臨んだのは、やはり「お客様に確かなものをお届けしたい。」「一過性ではなく、長く愛用され続けるものでありたい。」そのためには「まず何
よりも安全を担保する必要がある。」というトップの使命感があったからだ。

I.P.Lee(インス・ピーター・リー)
医学博士(米ワシントン大学医学部薬理学専攻)
ワシントン大学時代から米国公衆衛生部(USPHS)、同国立衛生研究所(NIH)の特別研究員として活動。その後、同大学医学部センター助教授、チューリヒ大学医学部教授などを経て、米国立環境衛生科学研究所(NIEHS)生殖発生毒物学研究所生殖細胞毒物チーフ、米保健社会福祉省食品医薬局(FDA)毒物学研究部チームリーダー、米国立研究所(NCI)予防・制御部化学予防研究提案評価員、韓国科学技術省科学諮問委員、日本厚労省国立衛生科学研究所科学諮問委員などを歴任。現在は米国メリーランド州在住。

竹口:それまでのデータは、アガリクス茸自体の基礎研究のみだったのですが、リー博士に出会い、健康食品としての『アガリクス茸仙生露』の安全性をはじめとしたデータが増えることにより、信頼性に厚みが出てきました。
当時、私はまだ、専門用語が出てくる論文や研究データの読み方なども、一つ一つ調べたり専門家に聞いたりしないと理解できませんでした。販売開始の際に、薬学博士を招いて講演会を行ったのですが、あまりよくわからなかったのですよ。私自身、多くを学ばせていただく機会でもありました。

リー博士との出会いから間もなく、金沢大学薬学部の太田富久教授との出会いがあった。この太田教授により、仙生露に使用されているアガリクス茸から新規有用成分「ABMK-22」が発見された。太田教授はアガリクス茸から高分子「βグルカン」と低分子「ABMK-22」を抽出することに成功。ネズミを利用してそれらの効用を比較した試験では、「ABMK-22」の優位性を示す結果が得られた。

太田富久(おおた とみひさ)
金沢大学名誉教授 金沢大学学際科学実験センター客員教授 1969年、東北大学医学部薬学卒業。1997年、金沢大学薬学部教授就任。日本補完代替医療学会理事、日本菌学会終身会員。生理活性や食物・薬物の相互作用、抗ストレス科学、免疫賦活活性物質の探索と評価などの分野での研究を行う。

竹口:仙生露の中心となるのが『ABMK-22』です。現在は『ABMK低分子抽出物』と呼んでいます。太田教授による様々な研究が認められ、日本の健康食品素材で初めてアメリカ国立研究所が予算をつけて研究に取り組んだ栄誉ある素材です。
また、『厚生労働省の研究助成金』という公的な予算が投じられたヒト臨床試験も実施され、この結果は論文発表されています。
研究には多額のお金や大変な努力が必要となります。特に、食品の研究は難しいものです。
それでもチャレンジしていくというのは、仙生露ご利用者の主観的な実感だけで商品を評価するのではなく、科学的根拠のあるデータを蓄積していくこともまた、私どもの責任であると考えるからです。

その後、この「ABMK低分子抽出物」は、日本、米国、韓国、カナダで特許を取得。


リー博士との出会いは大変貴重なものだった。今でこそ、統合医療、補完代替医療という言葉は一般的になりつつあるが、まだそんな言葉を誰も知らないだけでなく、医師をはじめとする科学者がそういったものに懐疑的だった時代。この頃から、米国の世界最先端の医療を知るリー博士はこれらに関して前向きで、積極的に新しい有効な素材を探す中で、アガリクス茸の可能性を見通していた。
また、金沢大学薬学部の太田富久教授との出会いにより、アガリクス茸からコアな成分「ABMK-22」を発見し、これを抽出。アメリカ国立研究所の研究対象となり、あらゆる試験が進められた。
国内外の医療者、大学教授や医学薬学博士との交流を通じて、「西洋医学はダメ?アガリクス茸さえ飲んでいればOK」などと医療を否定するのではなく、医療と並行してアガリクス茸仙生露を使用するというスタンスが確立された。また、よくある「体験談の羅列」に依存するのではなく、客観的なデータをこつこつと積み上げていくことの重要性を学んだ。

竹口:当社は、『元気日和』という薬局向けのフリーペーパーを発行していますが、ここに登場してくださる先生方も、弊社が積み重ねてきた研究データを見て信頼してくださいます。
仙生露を使用する方は今でも病を患っている方が約7割と多く、健康に対する切なる想いで仙生露を求めてくださっています。
仙生露に関わる全ての方々からの大きな期待を感じます。それにお応えできるように、これからも努力を続けてまいります。


 

その後、この仙生露をきっかけとして、日本にアガリクス茸ブームが到来。急激に売り上げを伸ばしていった。
しかし2004年、販売会社の社長が急逝。仙生露の販売権が現在の株式会社S・S・Iに譲渡され、新たなスタートを切った。その矢先のことである。

「アガリクスについての報道発表をするのですぐに来てください。」という厚生労働省からの電話を竹口が受けたのは2006年2月13日の早朝のことだ。厳格な安全性試験を実施している仙生露は、もちろんのこと、他のアガリクス茸商品ですら、健康被害などは一切起こっていない状態だったので、「いったい何が?」と愕然とした。が、電話口での説明によると、仙生露ではない他社の製品で試験を実施した結果、ネズミのがんが促進したされたという。そのたった一例それを記者発表するとのこと。問題品以外のアガリクス茸製品の検査はまだこれから、という中途半端なタイミングでの発表に驚き、竹口は急いで資料を用意して厚生労働省に向かった。

竹口:会社にあった安全性データはすべて持っていきました。
リー博士には『何よりも安全に召し上がっていただくことが大事。〇〇に効く、などという研究も役に立つことはあるのだが、安全性試験という下支えがあってこそだよ。』と教えられていました。そして、私たちは地道に安全性試験を続けていました。
厚労省は当然、トップシェアの仙生露にも疑いの目を向けていたはずです。しかし、まさか健康食品を扱う会社がこれだけきちんとした安全性に関するデータを揃えており、長期発ガン性試験まで実施しているとは予想してなかったようです。私たちの試験の陰性データをみた担当者は、一瞬で顔色が変わり態度も一変しました。

しかし、結果的に発表は行われてしまった。実はその頃、アガリクス茸ブームに便乗し、悪徳な販売方法でお粗末なアガリクス茸製品を売りつける業者が横行していた。この厚生労働省の報道発表は、そういった業者を規制する意味もあったようだ。
その後、仙生露は同省実施の科学的試験により” シロ” と判定された。しかし、先に行われた報道発表が市場のアガリクス茸イメージを決定的に傷つけることとなり、大きく売り上げを下げた。
これを回復させるためには、相当な労力と時間を要した。その難局の最中、竹口は(株)S・S・Iの社長に就任し、陣頭指揮を執った。
またこの報道後、業界の健全化を目指し、国内唯一の業界団体を立ち上げ、竹口は会長に就任。
仙生露で培った安全性に関する知見を活かし、アガリクス茸製品の安全基準事項の策定にも尽力した。




 

健康食品を販売する会社の社長。どんなイメージを抱くだろうか。売上至上主義のモーレツ型?売れるものなら何でも商品化する商売人?竹口は、そんな社長像からは程遠い。ソフトで柔らかい語り口、柔和な表情、商売をする気があるのだろうか?とさえ思える物腰。しかし、うちに秘めた情熱は熱い。年間100日の出張で全国を飛び回る。新しい知識も必要で、移動中もさまざまな論文を読み込んだり、交流のある医師などに教えを乞う。数少ない休日は家族と過ごす、父の一面もある。

竹口:私にとって仙生露は、社会人になって、当時の社長と追いかけた夢の商品なんです。
最初は誰も知らなかったアガリクス茸。社長ですら「そんなまがいものは売らない」と言っていました。その頃の日本から見れば、世界の果てブラジルの長寿村で飲まれていた煎じ茶ですからね。それでも、試した人たちが「良い」と言ってくれ、販売に踏み切りました。
誰も知らないものが、口コミにより少しずつ成長し、医師や研究者と出会い、内外の国の機関との研究をこつこつと積み重ねていき、商品も私たちも成長しました。
私たちが追いかけている夢は、単にぼろ儲けしたいという願望だけでは叶わないものです。うちのような小さな会社でも、世の中の困っている方々のお役に立ちたいんだという夢ですよ。
気付けば25年、四半世紀です。人生の半分を捧げてしまいました( 笑)。
昔も今も『アガリクス茸仙生露を飲んで元気になったよ』というその一言が聞けるからこそ、そして、同じ思いで一緒に走る社員たちがいるからこそ、この情熱が覚めることは決してありません。更に多くのみなさまに喜びを届けるために、仙生露が愛されるために。これからまだまだ夢の続きです。